第弐拾蜂話 震えオアシス都市アリアン砂漠の中に立つ都市として名高いこの都市の市場に、クロードとネビスはいた。 別に襲撃など、そういった用でここにきているのではない。自分達の食料をわざわざ買出しに来ていたのである。 しかしクロードにはもっと別の目的でここを訪れていた。 アリアンの南東の、東プラトン地域/アリアン東部地域に出る門の所にさしかかったところで、クロードがネビスに声をかけた。 「ネビス、少しここで待っててくれ。会いたい人がいる。」 「わかりました、クロード様。」 ネビスは軽く頷くと、そう返事を返した。 「すまないな」 そしてクロードはやや走り気味に、近くの建物に入っていった。 クロードが入った建物は、このアリアンに来るまでに怪我をした者や、疲れた者などの医療施設である。 もちろんアリアンに住んでいる人も利用でき、いわば病院のようなものだ。 その建物の一番奥の個室にクロードは歩を進める。 中にいたのは、ベッドに横になっているクロードより若いであろう黒髪の少女であった。 クロードに気付いた少女は、嬉しそうな表情を浮かべクロードに声をかける。 「来てくれたの?クロード」 声をかけられたクロードも口元に笑いを浮かべる。 「当たり前さ、セレナ…」 そしてクロードは紅龍、そして祖龍の前でも浮かべることは決してないような満面の笑顔を少女…セレナに向けた。 この2人は、いわば恋人関係である。 セレナという少女は、ベッドの近くに『ラットシーフ』といわれる緑色をしたネズミのモンスターを2匹連れていることから、ビーストテイマーであると推測ができる。 クロードはベッドの近くの椅子に腰掛けた。 「体は、大丈夫なのか?セレナ」 その質問にたいし、やや答えにくそうな表情をするセレナ。 「う~ん…まだ治ってはいないけど、クロードがいてくれれば絶対よくなるって!」 「そうか…だよな」 そして2人は小さく互いにクスクスと笑い出す。 その時、個室のドアが開き、医者と看護婦が入ってきた。 「クロード殿、そろそろ診察と点滴の時間ですので…」 「…わかりました。んじゃ、セレナ。またくるよ」 それを聞いたセレナは、笑顔を浮かべて「うん!」と答えた。 その返事を聞き安心したクロードは、ネビスが待っている場所へと戻っていった。 東プラトン地域/アリアン東部地域 『名も無い崩れた塔』へ帰るポータルを見事に忘れていたクロード達は、『名も無い崩れた塔』へ歩いて帰る途中であった。 クロードがブツブツと愚痴を呟く。 「クソ…なんでわざわざ歩かなくちゃいけないんだよ…」 「…すみませんでした、クロード様。私が忘れたせいでこんなことになって」 ネビスがうつむきながら謝罪の言葉を述べる。 「いや、いいさ…たまにはこういうのも…?」 クロードはふと、視線の先にあった物に目を止めた。 「…?どうしたのです?クロード様?」 ネビスもクロードと同じように視線を向けると、そこには廃墟と化している建物があった。 入り口はふさがれておらず、中に入れそうな感じだ。 「…ちょっと、いってみるか」 どうせ戻っても、やる事などない。それに何かすごいものでもあるかもしれないという若さ故の好奇心がクロードをかきたてていた。 「ちょ、クロード様…!」 ネビスはすかさず止めに入ったが、気にする様子もなく走っていくクロードに呆れ、同じようについていった。 驚くことに、地下へと続くであろう階段が中にあった。 地下におりると、こもった空気が2人を迎える。かすかなカビ臭さに混じって、妙に無機的な匂いが鼻を突く。なにかの薬品の匂いだ。 階段から差し込む光が、長い通路をうっすらと照らしている。とうの昔に廃棄されたと思われる施設にしては、以外と整然とした雰囲気だ。 クロードが通路を入ってすぐのドアに手をかけると、ドアが軋みながら開いた。 ネビスが形式的になかに武器を向けたが、ほどなくして下ろしながら歩み入る。内部に誰か潜んでいるようすはない。 部屋のなかには濃厚な闇が立ちこめていたからだ。戸口から入る薄い光によって、内部の設備がわずかに浮かび上がる。 クロードは数歩、部屋に歩み入り、そこで唐突に立ち止まる。彼が鋭く息をのむ音が聞こえ、ネビスは反射的にドア脇のスイッチを探った。パチリという小さな音とともに、意外にも明かりがついた。 こんな廃墟に電気が?―違和感をおぼえながら、突然のまばゆい光にネビスは思わず目を細める。 「なんです…ここは……?」 大型の装置や計測機器らしきもの、無影灯を備えた手術台。そして奥にならぶ細長いガラスケース―――床から天井近くまで延びる円柱のようなケースの内部には、満たされた液体を透かして何か気持ちの悪い影が見て取れた。 その正体を見極める前に、床にくずれおちるクロードの姿が目に飛び込んできた。 「クロード様っ!?」 ネビスは部屋の観察も忘れてクロードに駆け寄った。クロードは床に膝をつき、胸を抱え込むようにうずくまって喘いでいる。 そのクロードの顔色は土気色で苦痛――いや、恐怖?に歪んでいる。 「どうしたんです!?クロード様!クロード様!?」 しかしクロードは苦しげに喘ぐばかりでまともに返事も返ってこない。とにかくここから連れ出さなければと判断したネビスは、クロードの体に手を回す。その体はがくがくと震えていた。 喘ぎつづけるクロードを支え、往きよりずっと長く感じられる階段を上りきり、そのままセルフォルスに通信をした。 「セルフォルス!聞こえますか?クロード様が!クロード様が!」 少しの雑音の後、通信にでたセルフォルスにまくし立てるような勢いでクロードの変調を告げた。 『クロードの様子がおかしいとは…どういうことだ?どういう状況で?』 「どうって…急に倒れてっ…苦しみだしてっ……」 ときおりつっかえながらセルフォルスに状況を告げると、彼から力強い返事が返ってきた。 『わかった、黒龍様をそちらへ向かわせる。ネビスはそこでまっているんだ』 「…ということです。黒龍様。後の追撃は自分が」 その報告を聞いていたスウォームが、頷いて答える。 「ワカッタ…奴ノ始末ハ任セルゾ。セルフォルス」 そう言った黒龍は、『名も無い崩れた塔』の2Fの窓から身を乗り出し、ネビス達の反応がある場所へ翼を広げて飛んでいった。 その姿を見送った後、セルフォルスは1Fへ繋がるポータルへ駆け込んだ。 今は気を失っているランディエフを抱え、ラムサス、キャロル、ヴァン、ロレッタの4人は『名も無い崩れた塔』から離れていた。 少しして古都ブルンネンシュティングに繋がるポータル石を取り出したラムサスが、急いでそれを開封する。 段々と顔色が悪くなっていくランディエフを見て、ラムサスが呟く。 「くそっ!このままじゃ…」 それを聞いたヴァンの心は、段々と自分でもよくわからない不安に襲われていった。 仲間が死にかけているという不安は過去何度も感じた、だがこの不安感はそれらとは違うように感じた。 ―まるで、自分の知っている人が亡くなったときのような…? そんなことを思っていると、ビシュッという何かが放たれるような音が聞こえた。 それに気付いたラムサスがヴァンに警告した。 「っ!ヴァン避けろっ!!」 「え…?」 飛来した矢に同じように気付いたロレッタが『ホースキラー』を回転させその矢を弾き飛ばした。矢の飛んできた方向を見ると、セルフォルスが弓をかまえているのが見えた。 「くっ…急げ!」 ヴァンは上ずった声で叫んだ。 「今度は外さんぞ…!」 セルフォルスが再び弓を構え、ラムサス達を狙っている。 武器を持っているのはさっき『シーカーアロー』を弾いたランサーと、あのウィザードぐらいしか確認できない。どちらも自分を攻撃できるほどの射程を持つ技はもっていないのだろう。古都ブルンネンシュティングに続くと思われるワープポータルに急いで入っている。 だが遅い。セルフォルスは素早く矢を抜き取り、構える。今度放つ『ピアシングアロー』は障害物を貫通する。防いだ所で無駄だ、この距離だとやや威力は落ちるだろうが、あの瀕死の奴を仕留めるには十分だ。 ポータルに入るために今奴等は一直線に並んでいる。絶好の的だ。 弓を構え、一番後ろにいた標的に狙いを定めた。 だがセルフォルスは、その標的…キャロルに正確に狙いを定める。 だが、鍔を引いている手が自分の意志に反するように震えだし、照準が定まらないことに気付く。 ―どうしたんだ!?俺の左手は? まるで、あれを撃つなといっているような…? 「…ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 セルフォルスは叫びながらもやっと鍔を離し、『ピアシングアロー』がキャロルめがけて放たれる。 だが撃った直前でワープポータルは閉じてしまい『ピアシングアロー』は虚しく地面の砂に突き刺さった。 セルフォルスはさっきの自分の左手を見、呟いた。 「…何なんだ?さっきの震え…?」 自分でも、それはわからなかった。 ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|